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2011年9月28日 (水)

中央区~豊平区をフラフラ~

今日は友人のImさんにお付き合いいただき「都会の片隅に歴史の痕跡を探るツアー」に出かけました。

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地下鉄すすきの駅から豊平橋方向へ 豊平橋の両岸に対のように建っている石碑を見に行きました。すすきの側は吉田茂八の石碑。

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豊平区側は志村鐡一の石碑です。どちらも札幌開祖とあります。明治の開拓使時代以前、豊平川にまだ橋がかかっていない頃に幕命により川の両岸で駅逓を兼ねた渡し守りとして札幌開拓に寄与した先住者たちです。

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はじめて豊平橋がかけられたのは明治4年だそうです。でもその木造の橋はわずか1ケ月半で洪水で焼失したのだとか 現在の橋は昭和41年に完成したものです。

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近くに豊平橋の変遷を書いたプレートもありました。

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さらに近くのホテルのそばには「旧豊平郵便局跡」のプレートが。明治16年、旧豊平村最初の郵便局です。

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さらに進むと室蘭街道のプレート。開拓使は明治5年に室蘭ー札幌間の道路建設に着手、翌6年には室蘭から豊平橋まで完成弾丸道路とも称されたそうです。

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この道路は今は国道36号線(通称サブロク線)といいますが、かつては定山渓から札幌駅まで鉄道が通っていたのです。さらに市電も走っていたりしたそうです。豊平駅があった場所にはこのプレートが。

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豊平小学校は明治14年開校130周年歴史がありますねー

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立派なお寺がありました。経王寺です。この場所は・・・。

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ここは先ほどの豊平小学校や消防署、交番や役場があった場所です。豊平地区の文化行政の中心地だった場所なんですねー。

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境内には(多分)マルメロがたわわに実っていました。

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現在のサブロク線。開拓時代はどんな道だったのでしょう

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ちょっとピンボケですが・・・。遠友夜学校のあった場所にも行ってみました。札幌市中央若者活動センターLet’s中央がその場所です。銅像の若者が持っているのは新渡戸稲造とメアリー夫人の肖像のようです。遠友夜学校は二人が1894年に私財を投じて創設した貧家の子弟のための無料の学校でした。教師はもちろんボランティア。農学校(北大)の教員や学生、市民の有志が協力していたそうです。(宮部金吾や有島武郎も!)

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このあとまだあちこちフラフラしましたが後半は明日のUPで

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