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2012年9月12日 (水)

芦別~赤平をフラフラ~

今日は雨の予報も出ていましたが何とか持ちそうだったのでドライブに出かけました。

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行先は芦別と赤平。わたしが子供時代を過ごした町です。 小学校4年生まで赤平市の平岸。そのあと芦別で中1の途中まで過ごしました。この像は「新・坑夫の像」芦別市頼城(らいじょう)の国道沿いに建っています。空知はかつて炭鉱で栄えた町が多いのです。三井芦別炭坑に建っていた像が保存会の手でここに蘇りました。

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さらに国道を芦別に向かうと見えてくる鉄橋。石炭の増産のために三井鉱山芦別専用鉄道として昭和15年に開通し昭和35年に三井芦別鉄道となり平成元年まで使われていた鉄道です。炭鉱遺産、鉄道遺産としてディーゼル機関車とともに展示されています。

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ディーゼル機関車の後ろ側へ行ってみました。この先は入ることはできません。

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芦別駅です。こんなに小さかったっけ・・・。

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駅前の五重塔(電話ボックス)がやたらと目立ちます。 

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ホーム。昔のままの気がします。

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昔はにぎやかだった駅前の風景。

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5年、6年と2年間通った芦別小学校。校門だけ昔のままで校舎は位置を変えて建て替えられていました。

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田んぼの中にポツンと建つコチラ。

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市の指定文化財として保存展示している「旧干場レンガ倉庫」です。明治28年富山県から移住してきた干場伊五郎という人が大正2年に建てたものだそうです。

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1階には農機具が展示されています。

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懐かしいスキーも

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2階は上がることはできませんが階段からのぞいたら・・・。

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頑丈そうな木の箱がありました。北海道空知郡芦別村字下班渓(しもぱんけ) 平岸駅揚げ 干場伊五郎様行 と。送り主は能登国と読めますから石川県ですね。干場さんは富山出身ですから親戚か知人か・・・。呉服店も営んでいたらしいので着物が入っていたのかもしれませんね。船で小樽あたりに運ばれそのあと蒸気機関車で運ばれたのかな。あーロマンだわ~

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小さいながらもロマンをかきたてられるステキな建物でした。

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レンガ倉庫の門柱の横にもうひとつ石碑があります。

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芦別教育発祥の地。「班渓簡易教育所跡」とあります。歌志内の安楽寺が班渓説教所兼教育所を開設した場所なんですね。のちに班渓尋常小学校になったそうです。

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道路を隔てて商店だった建物もありました。荒物、雑貨と書いてあります。

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班渓神社。小さなお社です。

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こういう旅をしているとやたら気になる石碑。

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開拓の功労者のようですね。碑文を読むと入植者は石川県や山形県、富山県が主だったようです。

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周りはよく手入れされた公園になっていてゲートボール場やトイレもありました。

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ところで今日は場所によっては豪雨に見舞われて冠水した地域もあったようでした。空知川も濁流と化していました。

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行きは三笠まわりで行ったのですが川沿いの道はけっこうスリリングでした。

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芦別の景勝地「三段滝」

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おおぅ

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ちょっとこれはマズイんじゃない 途中電柱が(地盤の緩みで)傾いているところもありパトカーや電力会社の車が警戒していました。多分その後通行止めになったんじゃないかなぁ。帰りは怖いので砂川方面から帰りました。

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芦別ラストはランチです。これはサービスで出てきたコーヒー。(食後でした)

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食べたのはもちろん「ガタタンラーメン」芦別のソウルフードですね。たくさんの具材からいいダシがでていてとてもおいしかったです。でも私が住んでいたころは食べたことがなかったなぁ。芦別でラーメンといえば今はなき「パーラー赤シャツ」のラーメンでした。懐かしいなぁ。もういちど食べたい~ 

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中華料理幸楽

芦別市北6条西4丁目13番地

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芦別だけで長くなってしまいました。続きはあした。

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