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2012年9月13日 (木)

芦別~赤平をフラフラ~プラス

さて、昨日の続きです。赤平編。赤平といっても住んでいたのは赤平市の平岸という町。

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おっ!へいぱんばし。家の近くにあった橋です。こんな漢字だったんだ・・・

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しばらく見ない間にこんなに立派になって・・・ ちょっと調べてみると2008年10月に架け替えられたみたいです。

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新しい橋のすぐわきに古い橋脚が残っています。これが私がいたころの橋の橋脚かと思いきや平班橋は3代目でこれは初代の橋脚なんだそうです。それにしてもこんな写真が見られるなんて・・・ 私が記憶しているのは昭和40年代の写真の橋。うーん、感慨深いなぁ。

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平岸駅です。もちろん無人駅。

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窓口業務が行われていたのは昭和57年までだそうです。

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あれ?単線?

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古い写真が何枚か貼られています。これは小学校かな?確か私が入学する前まで小中学校だった記憶があります。

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駅前の様子。水たまりが切ない・・・。

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転校して行く幼なじみの男の子を見送ったことを思い出しました。

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小学校は新しくて面影もありません。

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グラウンド・・・。何だか位置関係が不明瞭。低学年のころまで運動会に足袋を履いていました。年がバレますね。 前日に石ひろいをしたりして・・・。

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学校の隣は神社。境内でよく遊びました。

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神社の横にはプールがありました。ちょうどこのフェンスで囲まれた位置だったと記憶しています。もちろん屋外プールでコンクリートで出来たものです。夏休みは毎日、時間いっぱい水に浸かっていました。 何分おきだったか忘れましたが強制的に水から出なければならなかったのですが、その数分間が待ち切れなかったなぁ。 唇を紫にして遊んでいました。

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さてこの階段を上がると。

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茂尻駅です。平岸の隣町。“もしり”と読みます。

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この駅も平岸駅と同じく昭和57年まで窓口業務が行われていたそうです。

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ホーム側からの駅舎。ホームの雑草が物悲しい・・・。

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改札口の横になぜか床の間ふうの一角があります。かなり謎・・・。

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大きな額絵が飾られています。「昭和40年ころの雄別茂尻炭坑風景」とあります。ズリ山と遠くに立坑が描かれています。

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駅前の風景。広~い。

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赤平もまた炭坑の町でした。炭鉱遺産があちこちに見られます。

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これはホッパーでしょうか。後ろの山はズリ山で777段の階段が整備されていて登ることができます。

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昨日は暑かったので登るのはあきらめました。次回はきっと!

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旧住友赤平炭鉱立坑

赤平市赤平485(駅の裏側です)

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赤平駅。なんとも言いようのない・・・ 多目的ホールをはじめ市の色々な活動に使われている「赤平市交流センターみらい」の一部が駅・・・というわけですが・・・。 町の印象からかなり浮いて見えるのは私だけ?

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駅近くにあるおそばやさん。

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なかなかイカシタ建物。山田御殿と呼ばれた豪邸です。炭鉱員の請負業で財をなした秋田出身の山田三郎氏の邸宅。出身地である秋田の杉をふんだんに使った豪華な建物です。(建築年は昭和28年)中も素晴らしいようですが、ガタタンラーメンを食べてしまったので次の機会に・・・。

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山田邸(山田御殿)

赤平市大町1丁目3

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それにしても真夏のような雲がどんどん追いかけてきますねー。雨になる前にとっとと帰りましょう。

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その前にちょっと休憩。

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当別駅前のふれあい倉庫。砂川のスイートロードを必死にガマンして通り過ぎてきたのに、ついに・・・。

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新鮮野菜が安い~

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車窓からおまけ。今読み返している「石狩川」の記念碑。作者の本庄睦男は当別町出身の小説家です。記念碑は以前見てきましたがロイズの工場付近に生誕地の石碑もあるようなのでそのうち行って見ようと思います。

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さて次はどこ行こうかな。

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